2015年10月17日土曜日

トルクメニスタンのアシュガバードからアゼルバイジャンのバクーへ(2015年9月20日)

トランジットビザで5日間滞在したトルクメニスタンを早くも去る。
夜行列車で14時間ほどかけてアシュガバードからトルクメンバシへ。
24時間かかると言われるカスピ海横断フェリーでトルクメンバシからバクーへ。
今回の長い移動により中国のカシュガルからキルギスタンに入って以来、
2ヶ月半滞在した中央アジアの夏の旅が終了。
同時に世界遊牧住み渡り2年経過を節目に旅の舞台がアジアから中東、ヨーロッパへと変わっていく。


アシュガバードの割高なSyyahatホテルをチェックアウト。
トルクメンバシ行きの夜行列車は19時発なので、
無愛想なレセプションの女性に頼んでバックパックをロビーに置かせてもらう。
アシュガバードにてタシケントから2週間ちょっとウズベキスタン、トルクメニスタンと一緒に廻ったバンコク在住のまささんと別れる。
カザフスタンのアルマティで初めて会い、
マキヨさんも含めて日程が合えば3人で地獄の門を見に行こうと話し合ってから2ヶ月。
実際に3人でヒバで落ち合い、トルクメニスタンに入国し、真夜中歩いて地獄の門を見に行けるとは思ってもいなかった。
1人だと躊躇しそうな地獄の門への暗黒の砂漠横断も3人だからできた気がする。
バックパッカー3人一緒になると行動力、積極性、歩く距離も3倍になる。
自分とマキヨさんはカスピ海を越えてアゼルバイジャンへ。
まささんはイランへ。
まささんとはイランかアルメニアでまた再会できそうだ。

アシュガバード最終日。
中央アジア最大と言われるトルクメンバシ•モスクまで足を伸ばす。
アシュガバード郊外にあるので閑散としているが、
確かに巨大でアシュガバードの町同様白く、高級感がある。



これまた中央アジア最大と言われるトルクーチュカ•バザールを訪れる。
が、バザールはただ広いだけで、
時計台を中心に併設されたブロックごとの市場は整然としており、
中央アジアらしい活気もなくつまらなかった。
アシュガバードの市場は写真撮影禁止らしく、ちょこちょこ撮っていると途中で注意された。



17時頃、Syyahatホテルに荷物を取りに戻り、近くの市バス乗り場からバス6番で駅から少し南の交差点へ。
前日奇抜に感じられた街並も一晩経てば見慣れてくる。
混み合っているアシュガバード駅。
でも、ウズベキスタンの鉄道駅と違い荷物チェックなどなく、のんびり駅構内の待合室で待ち、
列車が来たらプラットホームへ踏み出す。
アシュガバードからトルクメンバシまで14時間でわずか13.5マナト(450円)の開放寝台。
安いのに小奇麗で長旅の幸先がいい。
寝台のマットレス代として2マナト(60円)請求されるのはマナトをほとんど使い切り1.2マナトしか残っていない自分にきつかったが。


列車が動き出してまもなく寝台に横になると、地獄の門とアシュガバードの歩き疲れですぐに寝入ってしまった。
エアコンも効いている列車で寒くも暑くもなく快適な夜を過ごせた。


目覚めると午前7時。
車窓にカスピ海が流れている。
カスピ海は世界一大きな湖。
波のない湖面にどんなに巨大であっても海ではないと実感できる。


午前9時にトルクメンバシの鉄道駅に到着する。
思っていたより明るい港町のプラットホームに降り立つ。
トルクメンバシは日差しはきついが午前9時頃はまだ涼しい。



駅正面のタクシーの客引きを交わして駅近くのフェリー乗り場へ向かってみる。
タクシーに乗りたくても現地通貨のマナトを使い果たしたので無理である。
が、駅近くのフェリー乗り場はバクー行きのフェリー発着地でないらしく、
トルクメンバシ駅から一つ手前、2キロ近く東側にあるフェリー乗り場と親切なおばさんに教えてもらった。
バックパックの重さがしんどい中フェリー乗り場へ向かって歩いていると、
目の前で車が停まってくれる。
なんとバクー行きのフェリー乗り場まで乗せていってくれるとのこと。
しかも無料で港入口まで連れて行ってくれて最後の最後に再び親切なトルクメニスタン人に出会えて良かった。
地図で見ると線路を回り込まなければならないので相当の距離だった。


港入口でパスポートチェック、記帳してもらってからトラックが止まっているだけの閑散とした港に入り、
波止場に唯一ある建物へ向かって歩く。



建物の入口にはニコニコした警備員がいて、日本人と告げて待合室に案内される。
警備員の笑顔に裏があるとはこのときまだ気がつかなかった。
待合室の向かいにチケット窓口があるものの、誰もいなく閉まっている様子。
いつ出航するかも分からないバクー行きのフェリーと言われているので、
アシュガバードの市場で買ったポップコーンを食べながらマキヨさんと気長に待つ。

知らぬ間に眠りに陥り、すでに13時過ぎ。
アシュガバードからの夜行列車でも12時間近く睡眠をとっており寝過ぎである。
しばらくぶらついてから見ると、チケット窓口に人が10人ほど並んでいる。
自分もバクー行きのフェリーチケットを購入すべく列に加わる。
前の人に尋ねると1人100ドルもするとのこと。
一室のキャビンを2人で使用しても50ドルにはならないようだ。
尚、料金はフェリー内で払うように言われる。
それにしても窓口のおばさんはマイペースで作業しており時間がかかりすぎる。
本来なら自分も苛立っていそうだけど、午前中に港に着いて翌午前3時まで船が出発しなかったという旅仲間の話もあるので、
ひたすら自分の番が回ってくるのを待った。

前の家族のチケット発行手続きが終わり、いよいよ自分の番。
…と思ったら、いきなり窓口を閉められる。
無愛想なおばさんは「ノーチケット」などと言っている。
待合室には10人ちょっとの人がいるだけなので満席のはずがない。
言葉がまったく通じないおばさんに文句を言っても埒があかず、
多少コミュニケーションをとれるニコニコ警備員に言ってみる。
とりあえず待合室で待てとのこと。
他の人々は先のチケットを片手に待合室奥のイミグレへと進んでいるのにまったくわけが分からない。

やはりおかしいのでイミグレの前に立つ若い軍人に声をかけてみると、
イミグレ手続き前に他の人が手にしている名前が書かれた紙切れを窓口で取得する必要があるとのこと。
再度ニコニコ警備員にどうしてチケットを発券してくれないか尋ねてみると、
自分とマキヨさんのパスポートを預かり、自分だけが警備員の部屋に招かれる。
マキヨさんには待合室で待てと言っている。
嫌な予感を抱きながら警備員と自分だけの密室へ。
よく見ると下品な面をした警備員は12枚の乗船チケットのうち11枚が売り切れ、
残り1枚しか残っていないと言う。
自分とマキヨさんのどちらかのみ船に乗り、もう1人は次の便まで待たなければならない。
2人のトルクメニスタンのトランジットビザが今日中で切れると伝えると、
ニコニコ警備員はいやらしい顔をしつつ、どうしてもと言うならと金を要求する仕草を指でする。
しかもテーブルの下で他の人には見えないように。
主導権は向こう側にあるのでここで怒りをあらわにすることは出来ず、
何を言っているか分からないふりをして一度待合室に戻った。

マキヨさんに腹立たしい賄賂請求の話をしていると再び先の警備員に呼ばれる。
先ほどまでのニコニコは消え、窓口に案内された。
何が起こったのか分からぬまま窓口に向かうと、
目の前で「ノーチケット」と言った無愛想なおばさんが先の出来事がなかったようにチケットの紙切れを書いてくれる。
おばさんが記帳しているシートを見ると、確かに11人までの名前が埋まっているが20人分のスペースはあるので満席のわけがない。
結局、下品なニコニコ警備員に賄賂を払わずにバクー行きのチケットを渡される。
窓口の隣には制服を着たえらそうな男性が立っていたので部下の不祥事を防いでくれたのかもしれない。
ひょっとしたら警備員とおばさんがグルで日本人旅行者2人を騙そうとした可能性もある。
トルクメニスタンの最後の最後で腹立たしい思いをしてしまった。

紙切れを受け取ってからはイミグレ手続きは楽勝。
荷物チェックもX線を通すだけだった。
トルクメニスタン出国のスタンプもゲット。
これでトランジットビザの5日間の滞在期間が切れて罰金を払わなければならない事態は起こらない。
あとは船内でいつになるか分からない出航を待つだけ。
旅仲間は翌午前3時発だったが果たして。
まだ15時なので3時まで12時間もある。


フェリーというよりは小さめの貨物船に乗り込んで早々、
片言の英語を話すアゼルバイジャン人の男にマネー、マネーと言われ、
1人100ドルずつ払った。
お釣りが10ドルなので90ドルが乗船料なのだろう。
キャビン内は船特有の汚さなし。
が、先に90ドルを徴収した男が部屋代として10ドルを請求してくる。
すでに払っただろとジェスチャーで言うとすごすごと去っていった。
アゼルバイジャンは昔誰かが言っていたように金にがめついのかもしれない。

乗客は自分らを含めて本当に13人だけ。
船のサイズも小さめでカスピ海クルーズといった華やかさはない。


韓国や中国、インドネシアで乗ったフェリーのようにデッキがないのが残念。
船尾と小さなロビーの窓からのみカスピ海を眺められる。



夜中に出航するだろうとキャビンで休んでいると、
船に乗り込んで1時間ちょっとで振動が伝わってくる。
外に出てみるとなんともうトルクメンバシを離れており、
碇を上げる作業もなくあっけなくトルクメニスタンの陸地が遠ざかっていった。



予想より11時間も早い船の滑り出しに拍子抜けだった。
のんびりと海を眺めつつ菓子を食べたりし、24時間かかるそうなので昼寝したりする。
それがまずかったようで、再び目覚めると20時近く。
すでに夕焼けは終わっており、地獄の門で新月だったつきが薄らと現れていた。



夕食はアシュガバードの市場で買い込んだお菓子やカップ麺。
夜行列車やフェリーの待合室でも寝過ぎだったのにキャビンでも熟睡。
アラームで6時半に起き上がり、カスピ海を見に行くとピンク色の暁を背景に陸地が見えており、
もうアゼルバイジャン到着。
トルクメンバシを離れてからわずか16時間のカスピ海航海はあっけないほど簡単に終わってしまう。


カスピ海の向こうに日が昇り、下船してイミグレ手続きが終われば世界遊牧住み渡り23ヵ国目、
そして人生120ヵ国目のアゼルバイジャン入りとなる。






にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村
↑↑
いいね!と思われましたら
閲覧ごとにクリックお願いします!

0 件のコメント: