2017年8月26日土曜日

ペナンで取得が難しくなったタイ観光ビザ(2017年7月31日)

2015年にペナンのタイ領事館であまりにも簡単に取得できた60日間有効の観光ビザ。
今回8月、9月とバンコクでアパートを借りて長居しようと思っているので、
前回同様軽い足取りでタイのビザを申請しに行く。
が、楽勝で取得できると甘く見ていた観光ビザ取得条件が変わっていて、
タイ出国航空券のコピーが必須となり、踏んだり蹴ったりだった。

※航空券必要なしに取得できた2年前の情報

ペナンでタイビザ取得(2015年3月19日)


2014年、2015年と定宿になっているジョージタウン旧市街の75トラベラーズロッジに泊まる。
2年ぶりの再訪なのにレセプションのおじさんが顔を覚えていてくれて気が和む。
バスルーム付きの綺麗な部屋が50リンギに値上がりしていたが、
ペナンに来るたびに宿泊してもいいと思える75トラベラーズロッジ。



日程に余裕を持って月曜夕方にペナン入りし、
翌日火曜日の午前中にジョージタウンから市バス101番でGurney Plazaに行き、
巨大なショッピングモール近くのバス停から徒歩15分のタイ領事館に行くと工事中。
領事館から歩いてすぐ近くに領事館のオフィスが一時的に移転されていた。
しかも到着した7月25日火曜は休館。
さらに7月28日金曜もタイの祝日らしくクローズ。
いきなり出鼻をくじかれる。
近場のショッピングモール、Gurney Paragonを意味もなくぶらついたり、
ミャンマー寺院を見て歩いて引き返す。



水曜日に申請して木曜日に受け取る以外にチャンスはないので翌日改めて早めに向かう。
前日と違い、領事館の前には車やタクシーがたくさん止まっており、
領事館オープンの午前9時を過ぎて間もないのにかなりの長列が出来ていた。
閑散していてすぐに申請できた2015年と異なる。
今週は水木の二日しか空いていないのと、夏休みシーズンだからか白人ばかり並んでいる。
列をかき分けるようにツーリストビザ窓口で申請書をもらいに行くと、
写真2枚と航空券のコピーと言われる。
写真2枚はすでに準備している。
が、航空券とは初耳。
前回航空券の提示を求められることはなかった。
とりあえず、申請書を記入して列に並ぶこと40分。
やっと自分の番が来てパスポートとコピー、写真2枚と申請書を提出すると、
再び航空券のコピーと言われる。
陸路でタイに入り、陸路でラオスに抜けると伝えると、
タイ出国の航空券がなければ、日本帰国の航空券の提示を求められた。
帰国がいつになるかわからないのでまだ購入していないと正直に答えても当然ダメで、
航空券のコピーがなければ60日の観光ビザは発行できない、
国境のチェックポイントで30日間滞在許可をもらえと頑なに断られた。

楽勝と思っていたペナンでのタイ観光ビザ取得手続きにまさかの展開。
確かにビザなしでの陸路入国で30日間滞在できるものの、
ビザランが厳しくなって陸路入国は一回のみ。
ペナン発バンコク行きの航空券を購入して空路で入ることも考えたが、
直前だと飛行機代はLCCでも6000円以上と夜行バス料金の2倍以上するし、
1ヶ月後にビザランするとなれば出費がかさむ。
どうしてもペナンで60日間の観光ビザが欲しい。

思いついたのが旧市街のチュリア通りに並ぶ旅行会社。
150リンギのビザ申請料に手数料40リンギを上乗せされて190リンギ(5000円)で代行してくれると聞いたことがある。
旅行会社なら航空券がなくても大丈夫かと思いジョージタウンに引き返した。

何軒かの旅行会社を回ったところ、結果的にどこでもタイ出国の航空券のコピーがないとダメとのこと。
自分のように航空券を持っていない人を対象にしてか、
ダミー航空券を手配してくれるようで通常の手数料40リンギと別途50〜100リンギを求められた。
旅行会社によってはさらにタイ宿泊先の正確な住所がなければさらに手数料を取るところもあった。
迷ったけれど、手数料が一番安いところで妥協する。
ビザ申請料150リンギ、代行手数料40リンギ、ダミー航空券手配代50リンギ、
合計240リンギ(6200円)も払う。
2015年は自分の足でタイ領事館に行き、申請料が今より安い110リンギ払えば簡単に取得できたのに雲泥の差。
今後二度とペナンでタイの観光ビザを申請しに来ることはないだろう。

なお、ビザなしでタイ入国後にバンコクの入国管理館で1900バーツ(6200円)払えば滞在期間を30日間延長できたので金銭的にあまり変わらない。
同じく楽勝で観光ビザが取得できたラオスのサワンナケートが現在どうなっているのか気になるところ。
いずれにせよ、ますますタイの長居が難しくなってきているようだ。


翌月曜日になんとか60日間有効の観光ビザを取得できたが、
自分が以前に宿泊したゲストハウスの住所を正確に記載するも、
予約確認を証明できる書類がないという理由で窓口ではねのけられ、
業者が手数料をさらに払って受領されたらしい。
旅行会社への追加手数料は50リンギ。
交渉しても安くならず泣く泣く払うしかなかった。
自分のようにタイ出国の航空券を持たない気ままな旅人は実質上、
ペナンで60日間の観光ビザは取得できないということだろう。









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2017年8月19日土曜日

ブータンから12年ぶりのカルカッタへ(2017年7月15日)

ブータンのプンツォリンから直通バスでコルカタへ。
1ヶ月半の北インド周遊の最終地コルカタ。
2002年に人生初インドの地として足を踏み入れたときは
最強に汚くて醜かった魔都カルカッタの変貌ぶりに驚き、
変わらぬ部分に懐かしさと安堵を抱く。


すでに5往復したインド、ブータンの国境ゲートだけれども、
バックパックを背負って明らかに旅行者とわかる格好でインドのジャイゴンからブータンのプンツォリンへ向かう際は緊張感がある。
もし国境で追い返されたら町外れのジャイゴンのバススタンドから再びシリグリに戻り、
シリグリから夜行バスでコルカタへ移動しなければならない。
小雨が舞うジャイゴンから軽い焦燥感にも駆られながら国境ゲートへ。
インド側の警備員と目を合わせないように歩行者用チェックポイントに入る。
チェックポイントにいるブータン人の女性警備員は背中を向けて誰かと話している様子。
気づかれないように、バックパックを背負ってても躊躇せず平然とした態度で素通り。
あっけなくチェックポイントを通過して、ブータン側に抜けていた。
ジャイゴンのやかましいクラクションやゴミが散らばる汚さ、人混みと皆無のプンツォリンにホッと一息。
正午前にはバスステーションの窓口で午後3時発のコルカタ行き直通バスチケットを650ルピーで購入できた。

バスステーションの食堂で昼飯を食べ、のんびりとバス出発を待つ。
インドとブータンで30分の時差があるものの、
ジャイゴン自体ブータン同様30分の時差があったようでiPhoneの時刻はインド+30分に切り替わっていた。
1列ごとに二席、三席で窮屈なインドの普通のバスと異なり、通路を挟んで二席、二席のリクラニングシート。
わざわざブータンに密入国してからコルカタ行きのバスに乗る価値が十分にある。


3分の1くらいしか席が埋まっていないバスは定刻3時に出発。
プンツォリンを少し走って拍子抜けするほど簡単に国境ゲートを抜ける。
両国のイミグレに立ち寄らないし、パスポートチェックなども一切ないので、
正式な方法でブータン入国を果たし、パスポートにブータン出国スタンプ、インド入国スタンプが必要な人が利用できないという皮肉なバスだ。


カオスのジャイゴンを一気に抜けると茶畑が広がる。


直通バスと思っていたら途中で人を拾ったりしていく。
シッキム、ネパール、ブータンのジャンクションとなるのがシリグリ。
なぜか途中で大通りから外れてシリグリに寄らないで南下していく。
日が暮れてからも夕食タイムやトイレ休憩もなくひたすら走る。
1ヶ月半に及んだカシミール、ラダック、シッキムの旅行を振り返りつつ、
高速道路でもガタガタと揺れるバスの席から車窓を眺める。
夕食を諦めて眠りにつくしかない。

24時前にやっと夕食タイム。
人数チェックせず、乗り遅れた人がいても構わず走り去るバスなので、
他の乗客の近くで豆カレーとチャパティを急いで食べる。
窓口で20時間かかると言われたけれど、実際にはずっと短く、早朝に到着しそうな勢い。
どちらかというと、すぐに宿にチェックインできる遅い午前の時間帯に着く方がいい。


断続的な眠りを繰り返し、
ロンドンからインドネシアのバリまでユーラシア大陸を横断していた2005年、
シリグリから夜行バスで向かって以来12年ぶりのカルカッタに午前8時過ぎに到着した。
安宿街で悪名高いサダルストリートに近いエスプラナードのバススタンドで、
ここからブータン行きのバスが出発していることも分かった。


ブータン行きバス乗り場すぐ隣からエアポートバスも運行されているようだ。
そうそう。
名前が変わってからのコルカタと呼ぶより、昔ながらのカルカッタの方がしっくりくる。
12年経ってもあまり変化したように見えない第一印象のカルカッタ。
チョーロンギー通りをカラフルなインド製のバスや黄色いタクシーが走っている。
ごちゃごちゃした小汚い都会に懐かしさが湧く。


もちろん変化も顕著にある。
建設中の高層ビルが平坦なカルカッタのスカイラインを突き抜けている。



カルカッタでも一際汚かったサダルストリートは多少小綺麗になっていた。
異様な数の路上生活者が減っている。


ただサダルストリートにおいて昔ながら変わらないものの方が多い気がする。
すでに廃止されて消滅したと思っていた人力車が普通に行き来して驚く。
広いインドにおいてタイムスリップした錯覚を抱かせる人力車が走っているのはカルカッタくらいじゃないだろうか。


かつての記憶が次から次へと蘇っていく。
かつてミャンマー経由バンコク行きの航空券を手配してもらった旅行会社はまだある。


昔から旅行者が集まっていたブルースカイカフェはいまだ西欧人で人気があるようだ。


2002年、2005年のカルカッタ滞在時に二度ずつ宿泊したホテル・マリアも健在。
当時でネズミが部屋を走り回るほど汚かった安宿なので現在どうなっているのだろう。
大雨が降ると入り口付近はまだ浸水しそうな感じがする。


そんなホテル・マリアに代わって今回宿泊したのがゴールデンアップル・ブティックホテル。
数年前にオープンしたようで古くて汚いサダルストリートにおいて悪くないホテル。


一風変わったドミトリー、キューブと言われる曇りガラスで個室のように仕切られた空間が一泊600ルピー(1100円)とかなり高い。
エアコン、WiFiは完備されているけれども、パーテーションで天井筒抜けのため隣人の話し声やテレビの音でうるさく、コスパが悪い。


伝説的な安宿街サダルストリートで一泊1000円以上もするドミトリーに泊まるなんてカルカッタも相当物価高になったようだ。
バンコクのカオサンといい、有名になりすぎた安宿街は必然的に人が集まり、
宿代も高くなってきている。

クアラルンプール行きのフライトまで4泊するカルカッタ。
どこに行っても人が多すぎる都会をじっくりと探索する。
野菜やフルーツ、いろんなものを簡素な店で売っているニューマーケット周辺をぶらついているだけで面白い。



10年経っても基本的な部分は変わっていないニューマーケット。
たいして興味が湧かない衣服やが並び、買い物客を乗せた人力車が駆け回っている。



外観が修復されて綺麗になったコロニアル調の建物が目立つチョーロンギー通り。
バイク、車、バスの往来が激しい目抜通りだ。


路地に入ると以前と変わらない軽食屋や屋台、チャイ屋が営業している。
人口が多く、回転率が速いカルカッタだからか、料金は他のインドより安い。


5ルピーのチャイの器は素焼き。
プラスチックや紙コップの容器が増えている中で、飲み終わったら地面に叩きつけて割り、
自然に返す素焼きは資源節約にいい。


川沿いから渡し舟に乗ってハウラー駅側に移動してみる。
喧騒のカルカッタにおいて唯一静かでのんびりと流れるフーグリー川。
巨大なハウラー橋はカルカッタのイコンのようだ。


静寂を乱すようにフェリーが近づき、多くの人々が降り、同時に乗り込んでいく。


わずか5ルピーのフェリーにて涼しい風を浴びながらちょっとしたリバークルーズを満喫する。
巨大なフーグリー川から眺める街並みは新鮮。
さすがにクラクションの喧しさも届かない。


世界一通行客と交通量が多いと言われるハウラー橋手前で渡し舟は停泊する。


川沿いには人々の営みがあり、フーグリー川のガートで沐浴したり、
洗濯をしている人々で溢れている。


風呂代わりに体を洗っている男や歯磨きをする家族までいて見ていて飽きない。


怪物のごとく鎮座するハウラー橋を下から眺め、いよいよ横断してみる。


混雑したハウラー駅を出て左側を進んでいくと橋への道へと合流する。
基本的に駅や橋は撮影禁止なので注意しておく。
さすが世界一と言われるだけあって、車道は車やバス、リキシャーにトラックがひしめき、
歩行者用通路でも巨大な荷物を頭に載せた人々が行き交っている。


カオスと化した橋の上と裏腹に真下を流れるフーグリー川は時間の流れを感じさせることがない。


橋そのものはそう長くなく、すぐに渡りきってしまう。
かつて混雑ぶりに目眩がしたフラワーマーケット。
ごちゃごちゃしているが極端な人数はなく、降りてぶらついてみる。


ぬかるんで小汚い地面で花が売られている。


鮮やかな色彩に惹きつけられ、ネズミ色でモノトーンのカルカッタの街並みと大きなギャップを見せつけてくれる。


橋を渡った東側にもガートがある。
公衆浴場といった感じで体を洗う親子、洗濯する女性たち、
沐浴する老人とインドの縮図を目にできる。



カルカッタのような魔都は歩けば歩くほどいろんな発見がある。
人でごった返し、商人が行き来するバザールに入ると混沌の世界。
人への配慮皆無でぶつかってくる歩行者や商人に苛立ちつつも進んでいく。


イスラム教徒が多い界隈にも足を踏み入れる。
商店街に紛れてモスクがあり、牛肉のビルヤーニなんかを食べられるムスリム食堂も点在する。


カルカッタの路面には線路があり、かつてトラムが走っていたのを懐かしんでいると、
現役のトラムがゆっくりと近づいてきた。
もう廃線かと思っていたらいまだ現役で頑張っているようだ。


面白く刺激のある街だけど、あてもなく歩いているだけで一気に疲労が溜まるカルカッタ。
インド旅行最後の最後でへばらないようにサダルストリートの宿で休憩しつつ町歩きに精を出す。
南側にある大聖堂やビクトリア・メモリアルを訪れてのんびりするのもいい。



また、チベット料理が多かったラダック、食事のパターンが限られてくるヒマラヤ山岳に長くいると美味しいカレーが食べたくなる。
インド滞在も残り少しなのでグルメを満喫。
サダルストリートの近くには2002年から通っていた安くてうまい老舗店がある。


せっかくの低料金なので普段より多めに注文して食べまくる。
フィッシュカレーと大好きなオクラのカレー、ビンディ・マサーラ。
これにチーズ風味のロティと甘いラッシーを加える。


別の日にはボリュームのあるチキン・コルマに緑色のほうれん草のカレー。
日本のインドカレー料理店でお馴染みだけど本場であまり食べられないふわふわのナンも注文。


また、路上の屋台で食べるランチは激安でうまい。
フィッシュ・ターリを50ルピー(90円)でがっつく。


まもなく3年9ヶ月になる世界遊牧住み渡りもインド旅行を終え、
マレーシアに飛べば終わりが見えてくる。
長く滞在すればするほど疲労がたまり、ストレスも多くなるインドだけれども、
まだまだ旅を続けていたいと感じるカルカッタの日々だった。















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