2016年12月30日金曜日

キエフからイスラエルのテルアビブへ(2016年12月13日)

ウラジオストクからシベリア鉄道でモスクワまで横断したロシア、
旧ソビエト諸国の色彩の薄い冬の旅が終わり、
ウクライナのキエフから地中海に面したイスラエルのテルアビブへ飛ぶ。
2017年最後のステージ、中東へ。
人生初のイスラエルに期待と不安が渦巻く。


キエフ最終日は数日前の氷点下でなく小雨がときどき舞う天候だった。
長かった極寒の日々が終わったと安堵。
とはいえ、日曜日のキエフは閑散としており、
灰色の空の下、歩行者天国となった繁華街を歩くもロシアと旧ソビエト諸国の一ヶ月ちょっとの旅が終わるという感傷もなく、
物価高のイスラエル前にロシアでお馴染みのおかずを指差してトレーに乗せていくスタイルの安い食堂でビールを飲んだり、ため食いしておいた。




テルアビブへのフライトは早朝のウクライナ航空。
21時過ぎにキエフ駅南口から60フリブニャ(280円)のスカイバスで空港へ向かい、
出発ホールのベンチで野宿して待った。
同じ日にテルアビブに向かう旅仲間とチェックインを終え、イミグレを通過してから空港ラウンジへ。
プライオリティーカードを所有していない自分は料金を払う必要があると思ったら、
旅仲間のカードのおかげで無料で済んだ。
悪名高いテルアビブの空港での長時間拘束に挑むためにもラウンジの朝食を食べまくった。


なお、イスラエル入国時に敵対するイランやシリアのビザ、レバノンのスタンプがパスポートにあるとすんなりイミグレ通過とならず、別室に送られていろいろ質問されたり、
何時間も軟禁されたり、と嫌がらせを受けるケースが多いと有名である。
昨年イランで出会った旅行者はテルアビブの入国時に3時間も拘束されたそうだ。

相変わらず雪景色のキエフを飛び立つと、ほどなくして雲海を突き抜けて飛行し、
数日ぶりに太陽光を浴びる。


やがて雲間から青い空が見え始めたと思ったら黒海だった。
秋晴れの空を映し込んだ鏡のような黒海は青かった。


広大な黒海を眼下にゆっくりと南下し、トルコへ向かっていく。
機内食が有料のウクライナ航空で特にすることなく、
iPhoneの音楽を聴きながら未知なるイスラエルに思いをはせる。


トルコの先に広がるのは地中海。
今年3月のマルタ島以来の地中海となる。
ちょうど昨年の今頃滞在していたキプロス島の海岸線も眼下に現れる。
思えば、キプロス島の後、イタリア、北中米とカリブ海、
太平洋を渡って日本に一時帰国してからシベリア鉄道でロシアを横断し、
一年間かけて世界一周してきたことになる。



キプロス島を離れると雲が消え、日照時間の短いヨーロッパで無縁だった太陽の眩しさを実感する。
ウラジオストクから始まったロシア、旧ソビエト諸国を包み込んでいた
摂氏0℃以下でモノトーンの大気も瞬く間に蒸発した感じ。


突然現れる地中海に面したテルアビブの街並み。
ビーチ沿いに白っぽいビル群が並び、クリーム色の家屋が広がっている。
空港に向かって旋回する前に荒々しい岩の大地とまばらな樹木が見え、
明らかにここ一ヶ月見てきた雪景色から別世界に変わる。
深まる師走の旅は残り二週間ちょっととはいえ、
新たなる旅のステージへの上陸に旅のモチベーションが大きくなる。
興奮がおさまらないままテルアビブのベングリオン国際空港に着陸した。

が、浮かれた気分が瞬間的に塗り替えられていく。
飛行機を降りてブリッジを渡って早々、イスラエルの係員に呼び止めれ、
パスポートの提示を求められる。
抜き打ちで何人かが捕まっているようだ。
パスポートを見せ、イスラエルでの目的、滞在期間、訪問地、宿泊先、何回めの訪問か、
何人で旅行しているのか、ツアーか個人旅行か、イスラエルに知り合いがいるかと淡々と質問され、
観光、一週間、テルアビブ、エルサレムと死海、Crown Sea Hostel、初めての訪問、
一人、個人旅行、知り合いはいない、とありのままに答えて事なきを得てパスポートを返却されたが、
これから始まる長いイスラエルの洗礼の序章に過ぎなかった。

どちらかというと中東よりオーストラリアやカナダのような先進国の空港のトランジットルームを歩き、入国審査へ。
噂や旅仲間の経験談は少数派で案外簡単にイミグレを通過できるかもと楽観的に考えながら列が進むのを待つ。
それほど待ち人数は多くないのになかなか進まない入国審査。
とにかく一人一人への質問時間が長い。
あらかじめ手元に用意しておいた書類を見せている人もいる。
イスラエル出国航空券もなければ、宿泊先もテルアビブのホステルしか予約していないので少なからず心配になってくる。
隣の窓口ではパスポートを持った別の係員に先導され、
違う場所へ歩いていく夫婦を目にした。
そしていよいよ自分の番。

隣の列のインド系のおばさんより温厚そうな眼鏡をかけた若い男性の入国審査官にパスポートを提示し、にこやかに挨拶する。
すでに飛行機を降りて早々質問されたとはいえ、
先と同じお決まりの質問に答えていく。
どこから飛んできたのか、イスラエルに来た理由、滞在期間、訪問地、一人かツアーか、宿泊先は…。
そこで係員の質問が止まった。
自分のパスポートをパラパラとめくりながら、なぜか口元がニタニタと笑っている。
もうこれ以上質問しないと決めたようだ。
そしてイミグレの長列の斜め後方を指差しながら、待合所で待てと指示される。
当然パスポートは返ってこない。
この三年間で押されたいろんな国々の出入国スタンプのせいか、明らかにイランビザのせいか、
案の定別室送りになってしまった。

待合室の椅子には先客としてウクライナからと思われる女性が待っている。
とくに怒っているようにも楽しんでいるようにも見えずスマホの画面を眺めている。
iPhoneを取り出してみると、空港のフリーWiFiが繋がり、
一つ遅い便でキエフからテルアビブに飛んでくる旅仲間に別室送りになったことを報告したりする。
1時間ちょっと遅く到着するので少しくらい軟禁された方がちょうどいいだろう。
そう、パスポートを取り上げられ、理由も説明されずに待合室の椅子に座らされる状態は軟禁である。
いつ呼ばれるか分からないし、天井の監視カメラも気になり、居眠りも出来ずにネットサーフィンするのみ。
なかなか呼ばれないけれども、急ぐ理由もないので苛立ったりもせず気長に待つ。

40分、50分、おそらく1時間近く待っただろうか、
ようやく待合室の入り口で係員に呼ばれる。
さらに奥の通路へ歩いていくと眼鏡をかけた厚化粧女に別の部屋に案内される。
よくテレビで見る刑事に取り調べを受けるような密室。
普段宿泊するドミより狭い密室に机が置いてあり、二台のパソコンに向かった坊主頭の男と丸顔の男が座っている。
丸顔の男は冗談が通じなさそうな真面目な顔つき、坊主頭はニヤニヤしているがずるがしこそうな表情で路上で見かけても声をかけたくなるタイプの人間ではない。
密室に案内してくれたというか、無理矢理先導してきた眼鏡の厚化粧女に机に向かった椅子に座るように言われる。
女は自分の後ろに座っておりこれ以上顔は見えない。
背後に視線を感じるので落ち着かない。
キエフ空港野宿のためかなり髪が乱れている。
…いや、そんな身だしなみの心配している場合でない。
でも、寝不足で気分が高揚しているからか、不思議と緊張感や不安はなかった。
たぶんアメリカやイギリスと違い、イスラエルで入国拒否を食らったという前例を聞いていなかったからかもしれない。

ここでもまるでイスラエル流の自己紹介のごとく訪問理由、滞在期間、訪問地、イスラエルに知り合いがいるか、
何回めの訪問かなどおきまりの質問を丸顔の男に尋ねられ、
三巡目も全く同じように、観光、一週間、テルアビブ、エルサレムと死海、自分一人で知り合いはいない、
初めてと答えていく。
横に座る坊主頭がニヤニヤしながら、お前は英語がうまいがどこで勉強したと割り込んできた。
こちらも微笑みながらオーストラリアでワーホリをして英語を勉強したと答える。
イスラエルに来た理由はなんだ、と再び同じ質問。
隣の丸顔男の質問への答えを聞いていなかったのか、と突っ込みたくなるのを抑えて、
観光、と繰り返すと、
なぜ観光するのか、と意味のわからない質問をしてくる。
自分もただイスラエルに興味があるから、と微笑みつつ適当に流しておく。

間一髪、丸顔の男が自分の微笑みを苦笑いにさせるみたいに一言。
イスラエル出国の航空券を見せろ、と。
いずれ聞かれると思ったので、自分から現在世界一周中で気ままに旅行しており、
イスラエルの後は陸路でヨルダンに行くと説明すると、
今度はこれまでの航空券をすべて見せろとのこと。
嫌がらせとして聞いているだけだろうと思ったけれど、
一時帰国してからの再出発で沖縄にソウルに飛んでから一ヶ月半しか経過しておらず、
沖縄→ソウル、ソウル→ウラジオストクの航空券のキャプチャー画面をスマホで見せる。
そしてウラジオストクからシベリア鉄道でイルクーツク、モスクワ、サンクトペテルブルク、
陸路でリトアニア、ベラルーシ、ウクライナと移動してきたこと順を追って話した。
なお、自分が答えるたびに丸顔男はキーボードを叩いて自分の答えをパソコンに残していく。

再び坊主頭がニヤニヤしながら口を挟んできて、なぜキエフを訪れた、と。
こちらも不快感は出さないように観光と答え、
またもやなぜ観光するのかと繰り返してくるので、教会に興味があるからと伝える。
なぜ教会に興味があるんだ、と小学生のヘリつくのような質問に黙ってスマホで撮影したキエフの教会の写真を見せて、綺麗でしょう、と言ってみる。
が、ほとんど笑わない丸顔男にスマホを取られてしまい、
しばらくの間ずっと自分のスマホ写真を眺めていた。
この世界周遊三年間の写真がデータとして残っており当然イランの写真もある。
そうえいば、数日前に冗談半分旅仲間に見せて笑ったイスラエルの国旗がナイル川に沈んでいくというイランで見かけたポスターの写真を削除しておいてよかったと自覚した。

なぜか今度は写真を眺めている丸男からイスラエルではどこを訪れるという同じ質問をされ、
宿泊先を聞かれたのでCrown Sea Hostelの予約画面を彼が見ているスマホの写真で見せてから、
あらかじめ用意された紙に日本の電話番号、携帯番号、メアド、父と祖父の名前を書かされる。
携帯番号はすでに日本のシムカードを解約したのでないと伝え、海外でもシムカードを買わずにWiFiだけでネットサーフィンしていると伝えると目の前の男二人はわざとか本当か驚いているようだった。

質問は誘導的に進んでいき、日本でシムカードを使用して滞在していた期間を尋ねられる。
答えるのに抵抗があるが、すでにパスポートページすべてに目を通されていると観念して一時帰国中の一ヶ月間と打ち明ける。
当然その前はどこにいたかと聞かれるわけで、3年間で世界周遊していると伝え、
資金はどうやってためた?
数年働いては仕事を辞めて旅行している、
どんな仕事をしていた?
携帯電話関係の仕事をしていた、
どれくらいの給料をもらっていた?
年に3万ドル以上、
なぜ仕事と旅を繰り返す?
面白いから、
どんなルートで旅行してきた?
…としばらく続いていく。
先の紙にメアドを書くても止まってしまう。
まさに誘導尋問されている気分だ。
でも、腹立たしさはなく、久しぶりの英会話レッスンというか、
旅のネタ作りというか、途中から面白半分やり取りを行っていった。

紙にメアドや父の名前をローマ字で書いている間、後ろに座っているだけと思っていた眼鏡の厚化粧女にオーストラリアの滞在期間を聞かれたり、ロシアで訪れた街を順番に聞かれたりした。
厚化粧のせいではないと思うが、表情が読み取れない女性である。

そして、予想していたイランについての質問。
まずは中東で訪れた国をすべてあげるように言われる。
念のために今回の旅で訪れた国か、と聞いてみると今までの人生で訪れた中東の国だと当たり前のように言われる。
現在のパスポートにイスラエルに敵対する国々のビザがなく、黙っていればバレないので蛇足の質問だったかもしれない。
特に感情も込めず、カタール、クウェート、イラン、オマーン、トルコ、エジプト、UAE、レバノン、ヨルダン、シリアと羅列していった。
シリアやレバノンについては訪問時期を尋ねられたので2007年と答える。
まだシリアが安全だった時代だがイスラエル側にしてみればどうでもいいことだろう。
イランに関しては昨年訪れたすべての町を聞かれ、自分が答えるたびに丸顔男が自分のパソコンに打ち込んでいく。
イランを訪れた理由、滞在期間、何人で回ったか、現地で誰かの家を訪れたか、
知り合いはいるかなど。
特にごまかす理由もなく観光、3週間、一人、誰の家にも入っていない、知り合いはいないと答える。

そして、質問とは別に意見を訪ねる様子で、今までにこういった経験はあったかと聞かれる。
若干英語の文章も曖昧だったし、質問の意図も怪しかったので、どういう意味かと逆に尋ねる。
つまり部屋で色々質問されることだ、と言ってくる。
ウズベキスタン入国時にスマホの写真をチェックされたり、
アフリカで荷物チェックはあったが、こんなことはないと言い切る。
いや、イランの路上で捕まって、いろいろ尋ねられただろう?
ビザ取得の難しさを除けば入国もスムーズなイランで不快な思いは一切ない。
一度もないとすぐに切り返すと丸顔男もしばらく黙っていた。

が、次の瞬間、自分のスマホの連絡先を見せながらsaeedとは誰かと聞いてくる。
なんのことか全く分からない。
自分の連絡先にあるのは確かであり、なんらかの形でイランの路上で知り合った人が電話番号を教えてくれたのかもしれない。
はっきりしないので覚えていないと言うしかない。
ただ、まったく誰も知らないというのは気まずいので、
ひょっとしたらテヘランで行われた日本とイランとサッカー親善試合の時に出会ったアフガニスタン人かもしれない、と答えておいた。
その後、アフガニスタンは行ったのか、イラク入ったのかと聞かれたが、
行ったことはないと答える。
その後もイランで政治的パーティーに参加したか、
イラン人をどう思うなどしばらく受け答えが続く。

先ほど自分のスマホの連絡先からどんな手段を使ったかわからないけれども、
イラン人の携帯番号を見つけ出し、自分に突き出してきたという不気味さで微笑む余裕がなくなってきた頃、
ふと丸顔の男がこれで質問は終了だと言い放った。
パスポートを渡すから外で待ってろ、と。
不意に終わった尋問というか、取り調べにやっと無実を証明した被告人の気分だった。

外で待ってしばらくして別の係員からイスラエル入国スタンプを押されたツーリストカードという別紙を渡され、
これでもう終わったのかと確認すると、そうだとぶっきらぼうに言われたのでターンテーブルに向かう。
すでに停止しているターンテーブルに自分のバックパックが待ちくたびれたように放置されていた。
ガッツポーズよりも安堵と疲労。
何はともあれ、住み渡り62カ国目、人生144カ国目のイスラエルに入国した。










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